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応援されるブランド【第6弾】SOUKI(創喜)

応援されるブランド

靴下の町・奈良県広陵町で、曾祖父の時代から続く工場を温故知新の考え方で再構築させ、「日本一ワクワクするソックスファクトリー」を目指すSOUKI(創喜)代表の出張 耕平さん。

 

アナログの靴下編み機と自転車を融合させて作った“チャリックス”というブランド体験を軸に、全国の催事やイベントに出掛け、自社ブランドを広めた後、靴下をもっともっと楽しんでもらいたいという思いから、“であう” “まなぶ” “あそぶ” という3つの体験ができる「くつ下たのしむ実験室S.Labo(エスラボ)」を工場横に併設。

 

 

様々なワークショップを通じてお客様とモノづくりの魅力を共有しながら、靴下づくりの未来を考えられています。

 

「人に喜んでもらえる製品を創り、創る喜びを感じる」という理念のもと、自社ブランドを展開されている5代目の出張さんは、どのようなブランド戦略を描き、どのようにして成長してきたのか。

 

出張さんご自身のヒストリーから工場の誕生とその歩み、そしてSOUKIのビジョンを伺いしました。

 

 

<SOUKIインタビュー記事・コンテンツ>

 1. 靴下を作らなくなった靴下工場

 2.出張靴下工場からSOUKI(創喜)へ

 3.靴下づくりの再開

 4.自社ブランドの立ち上げ

 5.チャリックス誕生秘話 ←一番の読みどころ!

 6.ブランド体験がかつてない賑わいを生み出す

 7.新たなブランディング拠点をつくる

 8.日々削ぎ落としてブランドを進化させる

 9.こちらから行くのではなく、来てもらう

 10.夢は靴下のテーマパークづくり

 

 


1. 靴下を作らなくなった靴下工場


 

AID:創喜さんは1927年に曾祖父さまが作られた「出張靴下工場」から始まったと伺っています。

出張氏:はい。最初は曾祖父が農家の副業として始めたのがスタートです。この辺りでは古い方ではないでしょうか。本格的に事業としてやり出したのは戦後になってからです。当時はこの場所ではなく、旧家があった横に工場を建ててやっていたと聞いています。

 

 

AID:出張さんが物心がついた頃は、今の場所に工場があったのでしょうか?

出張氏:そうですね。私の父が小学生の時にこの場所に工場ができ、中学生になった時にその隣に自宅ができたと聞いています。

 

 

AID:出張さんが小さい頃の工場は、どのような雰囲気だったのでしょうか?

出張氏:働いている工員さんが十何人いて、すごく賑やかでしたね。私は工場の中でかくれんぼしたり、父の配達に付いて行っていた記憶があります。
夏休みになると、靴下の加工の手伝いをしてお小遣いを貰っていました。シールを貼ったり、靴下をひっくり返したりとかして。

 

 

AID:その頃は靴下だけを作られていたのですか?
出張氏:はい。当時は子ども用の靴下を中心に生産していた下請けメーカーでした。

 

 

AID:その頃、経営は順調だったのでしょうか?

出張氏:私が小学生の頃まで工場は賑やかでしたが、1985年のプラザ合意から円高になり、徐々に経営が苦しくなっていったみたいです。急速に円高になると日本製が高くなり、人件費もどんどん上がりますよね。

そこから韓国製の靴下が日本に入ってくるようになり、輸入品との価格競争で靴下の単価はどんどん下がっていきました。特に子ども用の靴下は低価格品が多かったので、経営は大変だったと思います。

 

 

AID:何か手立ては打たれていたのでしょうか?

出張氏:私が中学生の時に「これからは輸入品が増えていくし、価格競争が激しいので靴下1本ではダメだ」ということで、父と母が色々と考え、子ども用の靴下以外のモノづくりにチャレンジしていきました。
ただ、靴下づくりに関しては、価格を落とさなくてはいけないので葛藤があったと思います。

 

 

AID:どのような葛藤ですか?

出張氏:価格を落とすには原材料を削るか、人件費を削るかしかありませんが、実はもう一つステルス値上げみたいなこともできるんです。
小さい靴下に圧力をかけプレスをして、大きく見せるのですが、そんなものは洗ったらすぐに元に戻るじゃないですか。

父も母もモノづくりにプライドを持っていましたが、食べるためにはOEM先からのそういう要望も聞かなくてはいけなかったらしくて…。

 

何より、自分の子どもに履かせたくないような靴下を作っていることが辛かったと思います。仕事に対する意義も見出せませんし。
それで靴下以外で生き残る道を色々と模索し始め、靴下の機械で作れる雑貨モノを企画し始めたんです。

 

 

AID:靴下の機械でどのようなものが作れるのですか?

出張氏:丸編みの機械なので、筒状のものなら作れます。たとえばサポーターとか、洗顔ミトンとか、ヘアーバンドとか。私が中学生の時にJリーグが開幕したので、一時はガンバ大阪の刺繍入りヘアーバンドも大量に作っていました。

ただ、下請けで価格も下げられているので、もう人を雇う余裕がなくなり、当時働いてくださっていた従業員の方々を解雇し、工場も貸すことになったんです。

自社工場での生産をやめ、企画と開発だけで小さくやろうと舵を切り直したのが丁度この頃です。たしか私が中学校を卒業する頃だったでしょうか。この時に靴下づくりは一旦やめたそうです。

 

 

AID:そこから持ち直したのですか?

出張氏:はい。健康ブームで膝とか肘のサポーターが売れ始め、シルクの洗顔ミトンなどの美容グッズも評判が良く、生協さんやFELISSIMOさん、あと通販関係の会社とかなり取引があったそうです

 

ただ、1990年台に入ると徐々に機械がコンピューター化されていきました。それまではアナログの機械なので、新しい商品を作るときは、自分たちの手で機械をプログラムするというか、工具を使って手作業で一から作らなくてはいけなかったんです。
その部分を機械メーカーがコンピューター化したので、売れる商品はすぐにマネをされるようになりました。

 

 

AID:それだと靴下と同じように価格競争に巻き込まれますよね。

出張氏:その通りです。アナログの機械しかなければ自分たちの技術を守ることもできましたが、機械メーカーも機械を売りたいので、プログラムを作って機械を売る。
良い商品を企画しても、売れれば機械ごとマネをされてしまう…。まあ、イタチごっこですね。

 

 

・・・

 

 

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