人の強みと良さを引き出してくれるプロ。
目指すべき方向に背中を押してくれる軍師のような存在でした。
エントランスを抜けると現れるのはシックで落ち着いた大人の空間。
カウンターが囲む中央のオープンキッチンでは、毎夜華麗なる鉄板パフォーマンスが繰り広げられます。
言うなれば、新たな食の扉を開く新ジャンルのすき焼き専門店。
ここでいただく「すき焼き」は、誰もが思い描く馴染みの鍋料理とはかけ離れた“IPPON流”。
固定概念を覆す独自の流儀に則った美味は、華やかでありながら繊細な美しさを放ち、まるでひと皿ひと皿がアートのように五感を刺激します。
そんな料理界の先駆者に、エイドデザインがブランド戦略とパッケージのお手伝いをさせていただきました。
(インタビュアー)フリーライター 橋本 真美/(写真)PHOTOGRAPHER 原田 佳美
他にはない独自の食べ方を提案したい
(聴き手)クライスさんは現在2店舗を経営されていらっしゃるんですよね。
(雑賀)はい。「創作串揚94」と「すきやきKappo IPPON」があります。串揚げもすき焼きももともと日本料理。その新たな食べ方を提案する店で、94は10月で丸10年、IPPONは11月で2年ですね。ちょうど令和元年の11月1日オープンなんです。IPPONの「1」が3つあるでしょう。
(聴き手)すごい1並び!名付けはもしやそこからですか?
(雑賀)いや違うんですけどね。まずIPPONという名前は決まっていて、最初は10月オープン予定だったところ、そういえば今年は元年だということに気づいてこの日に変えました。本当の名付けの理由は「すき焼き1本で勝負したい」が大きな理由ですね。コースも1本で勝負ということもありました。そこにこだわりを持って、お客様に喜んでもらうというのが僕たちの大事にしていることです。
(聴き手)IPPONさんのすき焼きは他にはない、独自のスタイルをお持ちだと聞きましたが、どういったものでしょうか?
(雑賀)従来の鍋ではなく「割り下を使って鉄板でやく」「卵で召し上がっていただく」をIPPON流の定義とさせていただいております。卵も溶き卵だけでなく、ゆで卵やメレンゲなど、さまざまな形があります。
(聴き手)そのスタイルはどのように考えられたんですか?
(雑賀)まず僕がこういうのをやりたいねっていう大枠を作るんです。絵で言うとスケッチを僕が書いて、シェフが色を塗ったり線を引いたりして仕上げていくようなイメージですね。僕が作った定義の中で、彼女(吉井シェフ)がどう調理するのかを考えます。
(聴き手)先ほど聞いた卵はもちろん、鉄板で焼くというのが既に鍋のイメージのあるすき焼きとは違いますが、他にも特徴はありますか?
(吉井)通常すき焼きってお肉のイメージがあると思いますが、うちで作るすき焼きは鶏、豚、魚介類であったりお野菜であったり、いろんな食材があります。お肉は季節ごとに変わることがあまりないですよね。季節を味わってもらいたいとなった時に野菜や魚介を用いて、旬をすき焼きで表現できたらと思っています。あとはシェフがどの食材を組み合わせてどういう割り下を使ってどんな卵で召し上がっていただくかを提案してくれるという感じですね。
(聴き手)その発想はどのように浮かぶものなんでしょうか?
(吉井)試行錯誤でしたね。オープン当初はざっくりしたイメージで作り上げていく中、従来のすき焼きの定義がどうしても頭に残っていましたが、そこから今は変わってきて、2年前とは随分違ってきています。
食材と割り下が奏でる斬新なハーモニー
(雑賀)オープンした頃に来てくださった方が最近また来てくれたときに、全然違うね、進化してるよね、とすごく言われます。
(聴き手)具体的にはどのように変わったんでしょうか?
(吉井)最初はいろんな食材を割り下と卵で食べるという自分たちの定義に囚われすぎてそこまでの変化がなかったんです。ちょっとずつこうじゃだめだよね、飽きてくるよねとなって。この定義を崩さずにすき焼きをもっとグローバルに幅広くすることで楽しんでもらえるかなと思うようになっていきました。
(聴き手)では最近だとどんな風なスタイルがあるんでしょうか?
(吉井)そうですね。例えば冷たいものの中にお肉を入れてしまうとか。あまりお肉は冷やすと締まってしまうんですけど、そうならない絶妙な温度で召し上がっていただくように。また割り下の味を崩さずに変化をもたせるためにスパイスを入れてみたり。以前はひとつのお皿の中が全て割下の味になっていたのが、割り下と食材のハーモニーを口の中で楽しめるようになってきていると思います。
(聴き手)食材の味であったり割り下の味であったり、それを組み合わせたり。いろんな味わいが楽しめるようになったということですね。
(雑賀)オープン当初の感想は、食材が変わっているだけで変化がないというものが多かったんですけど、試行錯誤があって最近はコースの5品にすごく波がついた。それが今はすごく喜んでいただいています。
(聴き手)先ほどハーモニーとおっしゃられたように、音楽のように強弱の中で全体を楽しめるようになったんですね。確かにシェフの作る料理にはすごく芸術的な要素を感じます。
(吉井)もともと芸術が好きなんです。若い頃は絵画もやっていたり生花を見たり、きれいなものがすごく好きでした。見ることも聴くことも、美しいものがとにかく好きなんです。
(聴き手)それがお料理や店舗づくりにも生かされているんですね。
商品のブランディングはまず店の方向性から
(聴き手)エイドデザインにブランディングを依頼したきっかけはなんだったんでしょうか?
(雑賀)もともと親しくさせていたただいていたお客様と一緒に店に来てくださって、紹介していただいたんです。その頃、タイミング的に新しい商品を販売していきたいということがあって、パッケージデザインをお願いすることに。それと併せてブランド構築をお願いしようとなったんです。
(聴き手)ちょうどデザイナーを探していらっしゃったということでしょうか?
(雑賀)それがそうでもないんです。販売をしていきたいのでデザインもいずれは必要になるな〜ぐらいで、決して探していたわけではなくて。でもちょうどそのタイミングでたまたま知人でこういう人がいて…というご紹介をいただいたんです。そのための紹介でもなかったんですが、今後やっていこうとする方向と渡部さんのされている仕事の内容がぴったりだったんです。
(聴き手)すごいご縁ですね。
(雑賀)本当に!そこからはトントン拍子でスムーズに進めることができました。
(聴き手)ブランド戦略ワークではどのようなことをされたんでしょうか?
(雑賀)商品として売っていくのは割り下やドレッシング、ジンジャーシロップなんですけど、その前段階でIPPONや94が何をやっているお店で、どういう理念で何を目指しているか。そういったところを掘り下げていくところからでしたね。
(聴き手)なるほど。確かにブランドの核となる部分ですね。
(雑賀)IPPONを作った時に何を想い描いたか、これからどうしたいか。そういったことを共有しながら、その上で商品をどういった人に販売したいのかという部分に広げていきました。
より深く、より細かなペルソナ像を
(聴き手)ブランド戦略ワークの中で印象に残っていることはありますか?
(雑賀)僕が個人的に印象に残っているのは「ペルソナ設定」ですね。実際お店を作る際にもこれくらいの年齢のこういう人をターゲットにというざっくりとしたイメージはもっていたんですが、渡部さんとのワークで作ったペルソナは、それだけじゃなくもっと深くまで絞り込むんです。
例えば50代女性だけではなく、その人の趣味や家族構成、キャリアも細かく考えてイメージをするんです。その人に来てもらうためには今後どうするか、というのが僕の中で一番大きかったですね。より明確になれて、今後の事業をすすめていく中でのポイントになりました。
(吉井)兄(雑賀社長)は考えてくれる人、私は作る人と分けて仕事をしていたんですが、ワークをすることでふわっと考えていたところが深く広く明確に認識できるようになりました。自分たちのやっていることは間違っていなかったんだな、じゃあこれを深く突き詰めていけばもっとよくなると理解できて、より邁進していこうという前向きな気持ちになれるワークでした。
(聴き手)ワークは何人で参加されたんですか?
(雑賀)私達ともう1人の社員と3人で受けました。各個人で質問に対して思っていることや現状を付箋に書き出したら、3人の意見をわかりやすく分類して貼り出して、これは同じだね、この人はここが違うけどこういう意見もあるよね、というのを視覚的にわかりやすくしたものでした。これは兄妹だからなのか、よく話して共有ができているからか、僕たち2人は同じような意見が多かったですね。
(聴き手)もともとお2人は性格が似ていらっしゃるんですか?
(雑賀)どうでしょう。仕事する上でも10言わなくても3言って理解してくれる部分はありますし、料理にしても僕はいつもざっくりとしたことしか言わないけれど、それを彼女に投げたらいつも10以上のものが返ってきますね。それが兄妹だからなのか、感性が似ているのかはよくわからないですね。
(聴き手)ペルソナ設定をしていく中で新たな発見もありましたか?
(吉井)自分の中の「こういう考えもってたんや」に気付かされる部分もあって、本当に新鮮でした。しっかりとペルソナ設定をすることで、メニューを考える際にも「これペルソナは喜んでくれるのかなあ」と頻繁に思うようになりましたね。
名前に込められた様々な想い
(聴き手)ペルソナが定まった上で、今度は商品のブランディングですね。ネーミング「tolico」はどのように決められたんでしょうか?
(雑賀)IPPONのロゴを書いてくれた書家さんがいるんですけど、その人が店内に「虜(とりこ)」っていう文字を展示してくれているんですよ。入り口と店内とで、同じ「虜」という字が6種類。
もともとすき焼きって和食じゃないですか。なのでロゴも和のイメージで書体にしたんです。オープンの際に絵を飾るか花を飾るか考えた時にも、やっぱり和にこだわりたいと思って今ある作品でいいので展示したいという話をしたら、これになった。だから、この文字をオーダーしたわけではないんです。
(聴き手)なるほど。その「虜」が商品名になったということですね。
(雑賀)渡部さんとのワークの中でどんなイメージでいくか話していたところ、誰が言ったのか「そこに虜がある」と言う話になって、一度見てもらうことになったんです。そしたら渡部さんが一目みて「これはブランドのコンセプトにぴったりですね。これよくないですか?」って。僕も確かにいいなと。そこからは悩むことなくトントンと進みましたね。
(聴き手)6種類、少しずつ違う「虜」ですが、ここからどう選ばれたんですか?
(雑賀)僕やもう1人は芸術的なセンスはないのでここはシェフの意見を聞きましょうとなって、渡部さんとシェフの意見が一致して決まりました。これもご縁という感じですね。
(聴き手)商品は先ほどおっしゃられたように、ドレッシングと割り下とジンジャーシロップですが、名前がそれぞれ個性的ですよね。
(吉井)例えば「完熟トマトに合わせてほしいドレッシング」。今までは多様性のある感じで、こういう食べ方もありますよと全般的にお伝えして、トマトオニオンドレッシングという形で欲しいという方に提供をしていたんです。でも今回は「トマトのためにつくったドレッシング」というのをわかりやすく前に出していったほうがいいんじゃないかとなりました。
(聴き手)すごくわかりやすいですね。トマトにはこれ、という感じで。
(吉井)はい。トマトをカットして、うちではクラッシュオニオンのせていますが、後はこれをかけるだけでいい、食べられるドレッシング。トマトと一緒に、ドレッシングだけでもがつがつ食べてほしいと思って作っています。
(聴き手)あとこの割り下、すごく気になってたんです。「すき焼き以外に合わせてほしい」ってすごいネーミングですよね!?
(吉井)すき焼きの割り下ってスーパーにも置かれてるじゃないですか。赤ワインの割り下なんですが、ドバドバっと家庭ですき焼きに使うのではただのすき焼きになってしまう。うちのすき焼きは、1品1品を料理として作っています。同じようにお客様にもすき焼きのお鍋以外の1品に使ってもらいたいなと思ってこの名前にしました。使い方がわかるようにホームページでレシピも出しています。いろんな料理のシーンで使ってもらえたら嬉しいですね。
まだ見ぬ新たな世界へのチャレンジを夢見て
(聴き手)商品が実際に形になって、お客様の反応はいかがでしょうか。
(雑賀)まだ発売し始めたばかりなのでたくさんの感想を聞いたわけではないんですが、デザイン的にも高級感があってギフトにお渡ししたいというのは言っていただいています。
(聴き手)パッケージやラベルのクリエイティブもエイドデザインですか?
(雑賀)はい。デザイン面は全て渡部さんにお任せしました。餅は餅屋と思っているので、基本僕はできないことはプロにお任せするスタイル。でもtolicoのデザインも本当に任せてよかったです。ワークを通じてコンセプトをしっかりわかってくれているので、できたものには大満足。本当にいいものができてきました。
(吉井)初めて見たときには感動しましたね。
(聴き手)ブランド戦略ワークやクリエイティブ制作を経て、何か感じたことはありましたか?
(雑賀)いくつか感じることはあったんですが、渡部さんの仕事の進め方には毎回驚かされましたね。仕事に対する姿勢や準備など、ワークの内容以上に勉強させていただきました。何より、人の良さを引き出していくプロ。無理矢理ではなく、気づいたら嫌な感じでなく丸裸になっていました。(笑)
(吉井)軍師みたいな方ですよね。「あなたたちはこれだけの考えをもってここを目指してるんでしょ。さあ、しましょうよ」と背中を押してくれてるような。
(雑賀)諸葛亮孔明ですね。
(聴き手)なるほど! わかりやすい例えですね。
(雑賀)先ほどシェフも言ったように、自分たちが考えてきた方向が間違いじゃなかったというのを再認識させていただいたのは大きかったですね。店造りをしていく中で、いろんなことを考えてきたつもりなんですが、それが深掘りしていく中でより感じられるようになって、次に何かするときでもこれをベースにできるようになったと思います。
(吉井)私もよりリアルに考えられるようになりました。客層がぼやっとしていたというか、広すぎて明確になっていなかったのが、自分たちが明確でないとお客様にも伝わらないというのがわかって、そこがクリアになり、迷いなく突き進めるようになりました。
(聴き手)作るものが変わったりもしましたか?
(吉井)作る内容が変わったというより、方向性が明確に見えたので、そこにポイントをしぼってその人に喜んでもらえるものを作ろうと思えるようになりました。
(雑賀)あと、僕の方でも変わったことは、飲食店って「待ちの状態」が基本。攻めることもやってきたつもりだけど、方法やポイントがずれていたんですね。渡部さんとのワークでその方法やポイントを教えていただいたのが大きかったですね。
(聴き手)今後、こんなことをしたいという目標はありますか?
(雑賀)僕の中で株式会社クライスは飲食店に限らずいろいろチャレンジしていきたいという想いがあります。もともと親から継いだノウハウがあるので今は飲食なんですが、今後はそこに囚われず誰もやってないようなものを今後もチャレンジしていきたいなと思っています。
(聴き手)IPPONさんも94さんも他にあまりないスタイルという意味で挑戦ですもんね。
(雑賀)そう。IPPONにしても日本では他にこのスタイルはない。今回チャレンジしてみたので、これを広げていくというより、また新たな誰もやっていないような、みんながびっくりするようなものにチャレンジしたいですね。そして、その際にはぜひまた渡部さんと一緒にお仕事がしたいです。今後新たな業態をするとしたら、プロデュースから戦略、集客、アプローチなどトータル的にみてもらいたいなと思っています。
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